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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)66号 判決

原告

多田哲也

右訴訟代理人

田倉整

寒河江孝充

右訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

外二名

被告

インターコンテイネンタル・インダストリーズ

(フアーイースト)インコーポレイテツド

右代表者

マービン・デイー・ローレンス

右訴訟代理人弁理士

唐見敏則

右復代理人

板井一瓏

田中和彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実および理由

第一当事者間の求めた裁判〈略〉

第二争いのない事実

一  特許庁における手続の経緯

原告は左記登録意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。

(一)  出願 昭和三八年一二月二三日

(二)  登録 昭和三九年一〇月一六日

(三)  登録番号 第二四一七三六号

(四)  意匠に係る物品 噴務器噴口

被告は、原告を被請求人として昭和四〇年一二月二八日本件意匠の登録無効審判を請求し、昭和四〇年審判第八五〇五号事件として審理されたが、特許庁は昭和四五年五月二九日本件意匠の登録を無効とする旨の審決をし、その謄本は昭和四五年六月一八日原告に送達された。

二  審決理由の要点

(一)  本件意匠は

(1) その基本的形態を

(イ) 分厚い弾頭状本体の垂直状端部をやや上方に向け、

(ロ) その端面上方寄りに短円状ノズルを突設し、

(ハ) 本体尖端部寄りの下面に短円筒状キヤツプを突設し、

(ニ) その中心部に細長い円筒状吸込筒を垂下させ、

(ホ) 本体の垂直状端部の内側下面に「ノ」存状レバーを垂下させ、

(ヘ) その基部に斜状ピストン軸を設けたものとし、

(2) 各部の表現態様は、本体について、これを側面よりみると段違線で横に区切られた山形状突条部があり、正面よりみると下方に向つて漸次幅広状に表わし、ノズルの外周に平行凹凸条を表わしたものである。

(二)  これに対して登録第二四五七六三号の意匠公報に掲載されたスプレーガンの意匠(以下「引用意匠」という。)は、

(1) 基本的形態を

(イ) 分厚い弾頭状本体の垂直状端部をやや上方に向け

(ロ) その端面上方寄りに短円状ノズルを突設し、

(ハ) 本体の尖端部寄りの下面に短円状キヤツプを突設し、

(ニ) その中心部に細長い円筒状吸込筒を垂下させ、

(ホ) 本体垂直状端部の内側下面に「ノ」字状レバーを垂下させ、

(ヘ) その基部に斜状ピストン軸を設けたものとし、

(2) 各部の表現態様は、

(イ) 本体について、これを側面よりみると、本体下面でキヤツプ上方に、下方に向つて漸次膨出状にした楕円形状膨出部を本体と一体に設け、

(ロ) 本体頂面部に帯状部を設け、

(ハ) ノズルの外周面に縦に幅狭の凹凸を表わし、

(ニ) レバーの上部付近に突起を設けたものである。

(三)  そこで両意匠を比較すると、両者は基本的形態については前述したとおりのものであつて酷似していると認められるものであり、かつ、この点は観者の注意を最も強く引く点であるから、両意匠の主要部と認められる。

ただ、両者は各部の表現態様については前述したとおりのものであつて多少相違している点が認められるが、これらの相違点を綜合してみても、その相違点は前記した基本的形態に較らべれば部分的であつて、両者の類否判断を左右する程のものとは認めることができないから、結局両意匠は全体として類似しているものと認める。

そして、本件意匠は、引用意匠の登録出願日である昭和三七年五月二日の後日に出願されたものであるから、本件意匠は、意匠法九条一項の最先の出願人の出願にかかるものと認められない。したがつてその登録は同法同条の規定に違反してなされたものであつて無効である。

第三争点

一  原告の主張(審決を取消すべき事由)

審決には次のような判断の誤りがあるから違法として取消されなければならない。

(一)  本件意匠および引用意匠の要部認定にあたつては、これらの意匠登録出願時においてベルギー国において公然知られていたベルギー王国特許証第六一二、一四九号添付図面に記載されている「手動液体噴射装置(以下「本件噴射装置」という。)の形状をこれらの両意匠の出願時における意匠水準の資料として考慮すべきである。前記図面に記載されている本件噴射装置はピストル型の噴霧器噴口であつて、その形状は引用意匠の噴霧器噴口に極めて酷似している。前記ベルギー特許は昭和三七年四月一六日からベルギー国で公開されているから、その後に出願された本件意匠および引用意匠にとつては公知の意匠となるわけであつて、引用意匠とこの特許の出願人は同一人であるから、引用意匠の出願人としては本件噴射装置の形状を参酌したうえで狭い範囲の意匠権を取得したと解すべきである。そして本件噴射装置の形状が公知である以上、審決が認定した本件意匠と引用意匠の各基本的形態(前記第二、二、(一)、(1)および第二、二、(二)、(2))はいずれもほぼ公知の形状といわなければならないから、審決がいうように、これらの基本的形態をもつて両者の要部とすることはできない。両者の要部はこの公知の形状の部分を除外するか、又は小さく評価し、更に各部の形状、模様をも総合して定めるべきである。そうすると両者の要部は次のとおりとなる。

(1) 本件意匠の要部

(イ) 正面および背面からみて、ノズルは、噴出芯口を中心に小円輪をなし、その外側の外円には数個の突起部が存し、各々は等間隔で外円周に配置してある。

本件部分は、上下に二個の台形状が重ねられ、上の台形は小さく、下の台形は大きく下広がりの形状となつている。

本体の前部、背部、後部、底部の中央広帯部は白色の広帯状を形成して、本体側部の黒色部との対比で模様が形成されている。

更に正面からみると、縦長の黒色レバーが垂下している。このレバーの後方、本体直下部には、上部は本体底幅より狭く、下部は本体底幅とほぼ近い径からなる下方に末広がりの台形状のキヤツプがあり、その中央部から細長いパイプ様吸込筒が垂下している。

(ロ) 右側面からみると、ノズル部は、外周に数条の凹凸があり、先端に行くに従つて深い溝を設けた長円筒状となつている。

本体部は、水平方向に対してノズル側を他端よりやや上方に向けて斜めに配し、両端を結ぶ背線は、ゆるやかな曲線をなしている。本体側面中央部には本体の横長の略半分の長さの水平線が一条あり、中央でこれが四五度に上向き、これに続いて前記本体の背線の曲線よりゆるやかな曲線で本体下端部に導かれている。この線条は、本体側面を形状的に上部、下部に二分する役目をしている特徴的な部分である。

本体のノズル側端は、縦方向にみて本体の半分の長さまで垂直に、それに続いてやや本体内側にくびれて、更に本体下部まで垂直に下降し、この垂直下降は本体底線と略直角に交わつている。

本体の底線は、極めてゆるやかな曲線として水平方向に延びており本体下端部に結ばれる。

本体のノズル側下端部には側面よりみてノズル方向に向けて「ノ」字形をしたレバーが下方に突出し、レバーの付け根にはピストン軸があるが、ほとんど本体の中に隠れており外観上感知が因難である。

(ハ) 平面および底面よりみて、本体には白色の中央広帯部が存し、本体側部は、ノズル側よりみて、やや本体後方に片寄つた部分を最高膨出部として全体としてゆるやかな膨出形状をしている。

(ニ) 全体としては分厚く、また、本体は流線形を使つて、動的な感覚を与えている。

(2) 引用意匠の要部

(イ) 正面および背面からみて、本体は縦長方形体で、その中央部よりやや下端部に両側に楕円形状に膨出しており、この下部は短円筒状キヤツプの上面と一体になつている。

ノズル部は、ノズル本体の外側に数個の切欠部が各々等間隔に配置されている。

更に、正面からみると縦に細長いレバーが垂下している。このレバーの後方、本体直下部には、本体の底幅より広い、横長方形状をなし、下端部は鍔を有するキヤツプがあり、その中央部から細長いパイプ様吸込筒が垂下している。

(ロ) 右側面よりみて、ノズル部には、外周に数本の凹凸状に溝を形成した細輪が中央部付近に設けられている。ノズル本体は、本体側に小径円筒があり、これに続いて大径円筒を重ねた形状となつている。

本体は、水平方向に対してノズル部が他端よりやや上方に向け斜めに配され、両端を結ぶ背線は一条のゆるやかな長曲線となつている。そしてその真上部には、これよりわずかに短かい曲線が付されている。

本体のノズル側の端は、やや斜め下方に向き、ノズルを過ぎたところで直角に内側に曲折して直線となり、その直線端は、本体中央下部の膨出部の曲線につながつている。

本体不端部から本体中央下部に向けゆるやかな短曲線が導かれ、これは本体中央膨出部につながる。

本体中央下部の膨出部の底面には、前記横長方形状で、下端に鍔を有するキヤツプが配されている。

本体のノズル部寄りには三角形状の溝部がアクセサリーとして付されている。

本体のノズル側下部には、側面よりみてノズル方向に向け「メ」字形をしたレバーが垂下しており、この後部の突出部に形成されている軸穴にはピストン軸止棒が嵌合され、これと本体底部の脹出円弧状部の間にはピストン軸がみうけられる。

(ハ) 平面および底面よりみて、本体は、長方形状を基本とし、本体中央よりやや下端部寄りに膨出円形状部があり、更にその外側にキヤツプおよびキヤツプに付された円形状鍔部がある。ノズルの形状は、本体寄りの小径円筒とそれに続く大径円筒よりなる二重の短円筒状であり、この円筒の外側には凹凸状溝を数個有する細輪が形成されている。

(ニ) 全体として繊細、きやしやな印象を観者に与えるものである。

これらの要部を対比すると、本件意匠と引用意匠とは類似しているということができない。

以上によれば、審決は、本件噴射装置の形状を意匠水準の資料として考慮しなかつたため、本件意匠と引用意匠の要部の認定を誤り、両者を全体として類似のものと誤つた判断をしている。

(二)  仮に、本件意匠および引用意匠の要部認定にあたり本件噴射装置の形状を参酌する必要がないとしても、審決の両者の要部認定には次のような誤りがある。

(1) 本件意匠の要部認定の誤り

(イ) 前記第二、二、(一)、(1)、(イ)について

審決は本体部を弾頭状と認定しているが、弾頭とは本来垂体のものであり、平面的なものではない。しかるに本件意匠の本体は全体として垂体をなしていない。しかも本体下面の曲面の曲率は、上面に比し極めて少ない。したがつて分厚い弾頭状本体という認定は誤りである。

(ロ) 前記第二、二、(一)、(1)、(ハ)について

審決は、本体尖端部よりという表現をしているが、本体の端は極めて丸い弧状であつて、尖端部といえるようなものではない。本体弧状端寄り、とすべきである。

また短円筒状キヤツプという表現は不正確である。この部分は、本体下面の幅より狭い直径の截頭円錘形のものと表現すべきである。

(ハ) 前記第二、二、(一)、(1)、(ヘ)について

審決はレバーの基部に斜状ピストン軸を設けたものと認定しているが、この部分は外部からの観察がほとんど不可能であるから、ここは、その基部端部に連絡体を連絡してあるとすべきである。

(ニ) 模様について

本件意匠においては、本体の両側面部は黒色で、中央広帯部は白色部となつており、ここに模様が形成されている。しかるに審決は、要部としての点を全く見落している。

(2) 引用意匠の要部認定の誤り

審決は引用意匠につき、基本的形態(前記第二、二、(二)、(1)、(イ))と、各部の表現態様(前記第二、二、(二)、(2)、(イ))とに分け、前者を要部としているが、引用意匠はこの両者を総合したところに特徴があるのであるから、審決の引用意匠の要部認定には誤りがある。

以上の点を考慮すれば、本件意匠および引用意匠の要部は次のとおりとらえられるべきである。

(3) 本件意匠の要部

(イ) 本体は全体として側面からみて、水平方向に対してノズル側を他端よりやや上方に向けて斜めに配し、両端を結ぶ背線はゆるやかな曲線をなしている。

底線とノズル取付部からの側縁とは略直角に交わつている。

(ロ) 本体中央部には、側面からみると、横方向に線条で区切られた段違い部分が形成されており、これを正面からみると線条を境として二段に台形が積重ねられた形態をなしている。

(ハ) 本体のノズル部端面には、外周に数条の凹凸があり、それが先端に行くにしたがつて深い溝となる長円筒状のノズルが突出している。

(ニ) 本体ノズル部下面に、側面からみてノズル方向に向けて「ノ」字形をしたレバーが下方に突出している。

(ホ) 本体の下端部よりの下面に、上部は本体底幅よりやや狭く、下部は本体底幅とほぼ近い径からなる下方に末広がりの台形状のキヤツプがあり、その中央部から細長いパイプ様吸込筒が垂下している。

(ヘ) 模様についてみると、本体の両側面部は黒色で、中央広帯部は白色となつており、ここに模様が形成されている。

(ト) 全体としては分厚く、また、本体は流線形を使つて動的な感覚を有するものである。

(4) 引用意匠の要部

(イ) 側面からみて、本体は、水平方向に対してノズル側を、他端よりやや上方に向け斜めに配し、両端を結ぶ背線はゆるやかな長曲線をなし、この真上部には、これよりわずかに短い曲線が付されている。

(ロ) 正面および背面からみて、本体は、その中央部よりやや下端部よりにおいて、両側に球面上に膨出しており、これは短円筒状キヤツプの表面と一体となつている。

(ハ) 正面および側面よりみて、本体のノズル部端面には、外周に、数条の凹凸状に溝を形成した輪を中央に設けた短円筒状のノズルが突出している。

(ニ) 側面からみて、本体ノズル側下面の背線と平行な底線部分に、ノズル方向に向け「メ」字状レバーが垂下している。

(ホ) 正面、側面からみて、本体膨出部下面には、周辺にきざみのある鍔を下端に配置した膨出部の径とほぼ等しい直径をもつた短円筒状キヤツプが連設されており、その中央から細長いパイプ様吸込筒が垂下している。

(ヘ) 側面からみて、「メ」字状レバーの後部突出部に形成された軸穴に、ピストン軸止棒が嵌合され、これと本体底縁突出円弧状部間にピストン軸が存在する。

(ト) 全体としてきやしやな感じを与える。

これらの要部を対比すると、本件意匠とは類似しているということができない。

以上によれば、審決は、本件意匠と引用意匠の要部の認定を誤り、両者を全体として類似のものと誤つた判断をしている。

二  被告の答弁〈省略〉

第四証拠〈略〉

第五争点に対する判断

一取消事由(一)について

一般に意匠の類否を判断するにあたつては、意匠を全体として考察することを要するが、この場合意匠を見る者の注意を最もひき易い部分を要部として把握し、これを観察して一般の需要者が誤認、混同するかどうかという観点からその類否を決するのが相当である。この場合意匠に一般にありふれた周知の形状が含まれている場合には、この部分は、一般の需要者の注意をひくことはないから要部とはなり得ないことはいうまでもない。意匠に公知の形状が含まれている場合はどうか。公知の形状はそれが世間に知れ渡る度合の如何によつてありふれた周知のものとなる場合もあり、そうでない場合もあり得る。したがつて、この点を考察して要部となるかどうかを判断するのが相当であつて、原告のいうように公知の部分は要部にはならないと即断すべきではない。

〈証拠〉によれば、ベルギー王国において、一九六二年(昭和三七年)一月一五日付で、アメリカ合衆国、フロリダ、マイアミビーチ、バイロンアヴエニユー、七九三六のトレーシー、ブルツクス、タイラーに対し、「手動液体噴射装置」に関する特許証が交付され、これに添付されている発明明細書の図面には、ピストル型噴霧器噴口の形状および構造が記載されていること、この特許明細書は、ベルギー商工業所有権局図書館において、一九六二年四月一六日以来公衆の閲覧に供せられたことが認められる。また〈証拠〉によれば、この特許権者は、昭和三七年五月二日、我国において、意匠にかかる物品をスプレーガンとして意匠登録を出願し、昭和四〇年二月二七日に登録されたことが認められる(引用意匠)。そして前記発明明細書の図面と引用意匠公報に記載されている各噴霧器噴口の形状を対比すると、両者はほとんど同一といつてよいくらい酷似していることが認められる。そうすると、引用意匠の形状であるピストル型噴霧器噴口の形状が、引用意匠出願時に、ベルギー王国における特許明細書の公開により公知となつていたことは否定できない。しかしながら、その公開の時期は引用意匠の出願の時期に近接しているから、その形状が一般にありふれた周知のものにまでなつていたとはとうてい考えられないし、他にその事実を認めるに足りる資料はない。

してみれば、審決が認定した引用意匠の基本的形態ひいては本件意匠の基本的形態は、公知のものということはできても、一般にありふれた周知の形状とはいえないから、原告の主張するようこれらの基本的形態が両意匠の要部ではないとすることはできない。

本件意匠と引用意匠との類否を考察しみてると、後に説明するように本件意匠と引用意匠の要部は審決で認定されたとおりのものであつて、原告が両者の要部として主張するところは、前記の採用することのできない主張を前提として両者の細部の特徴を強調したものに過ぎず、原告の主張はとうてい容認するわけにはいかない。

二取消事由(二)について

(一)  原告は審決における本件意匠との要部の認定には誤りがあると主張するので、順次検討を加える。

(1) 審決における本件意匠の要部認定について

(イ) 前記第二、二、(一)、(1)、(イ)について

原告は、審決が本件意匠の本体を弾頭状と認定したことを誤りと主張する。しかし〈証拠〉によれば、本件意匠を側面から見ると、本体上面と下面はいずれも曲線を描いているがその曲率が特に異るという印象は与えず、その側面から見た輪廊は正に弾頭状と表現してさしつかえない形状をしている。したがつて審決のこの認定を誤りということはできない。

(ロ) 前記第二、二、(1)、(ハ)について

原告は本件意匠における審決の本体尖端部という表現に対し、本体の端は、極めて丸い弧状であつて、尖端部とはいえないと主張する。しかし、〈証拠〉によれば、この部分を局部的に見れば、やや丸みを帯びてはいるが、前記の側面から見た弾頭状本体という形態を前提として全体的に見ればこの部分は、尖つているといつてさしつかえないから、尖端部と表現しても誤りではない。

また、原告は、審決の短円筒状キヤツプという表現は不正確であり、この部分は、本体下面の幅より狭い直径の截頭円錘形のものと表現すべきであると主張する。しかし〈証拠〉によりこの部分を仔細に検討すると、わずかに下方に末広がりの形状をしているといえるが、これは一見して判別できる程のものではないから、審決のように短円筒状と表現しても一向差支えはない。またその直径と本体下面の幅との比較も、見る者の注意をひくとはいえない正面、背面、底面を検討して初めて分かる程度のものであるから、審決が、これに言及しなかつたことに誤りはない。

(ハ) 前記第二、二、(一)、(1)、(ヘ)について

原告は、審決が、レバーの基部には斜状ピストン軸を設けたと認定した点につき、この部分は外部からの観察がほとんど不可能であると主張する。しかし〈証拠〉によれば、この部分は、側面から見ると、本体下部と、「ノ」字状レバー内側との間に見えるのであつて、原告が主張するように外部からの観察がほとんど不可能ということはできない。

(ニ) 模様について

原告は本件意匠においては、黒色部と白色部とがあり、模様が形成されているのに、審決は要部としてこの点を全く見落していると主張する。〈証拠〉によれば、本件意匠の本体両側面部、ノズル部「ノ」字状レバー部およびピストン軸は灰色であり(ただし、両側面部の上方と下方に長方形の黒色部がある)、その余の部分は白色であることが認められる。しかし、各構成部分におけるこの程度の明度差の区分けは意匠法でいう模様に当らないと見るのが相当である。したがつて、審決がこの点を要部として認定しなかつたことは正当である。

(2) 審決における引用意匠の要部認定について

原告は、審決が、引用意匠につき、基本的形態(前記第二、二、(二)、(1)、(イ))と、各部の表現態様(前記第二、二、(二)、(2)、(イ))とに分け前者を要部として認定したことに対し、引用意匠はこの両者を総合したところに特徴があるから、審決の引用意匠の要部認定には誤りがあると主張する。〈証拠〉によれば、引用意匠には、審決が基本的形態(前記第二、二、(二)、(1)、(イ))と各部の表現態様(前記第二、二、(二)、(2)、(イ))として認定したとおりの形状が認められる。しかしながら、後者の部分は、前者の部分と異なり引用意匠において特に見る者の注意をひくとはいえないから、これを要部としなかつた審決の判断に誤りはない。

(3) 原告主張の本件意匠と引用意匠の要部について

〈証拠〉によれば、原告が本件意匠と引用意匠の要部として主張するところは、いずれも、見る者の注意をあまりひくとはいえない細部の特徴を強調するに過ぎないものといわなければならず、採用に値いしない。

(二)  〈証拠〉により、本件意匠と引用意匠を対比するとき、両者の要部は、審決において認定されている両者の基本的形態にあり、この点において類似しているものと認められ、その余の構成の差異は見る者の注意をひくとはいえないから、両者は結局類似の意匠であると差支えない。

三〈省略〉

(古関敏正 小酒禮 石井彦壽)

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